「足し算」より「引き算」のマーケティング
多くの商品が溢れる中、顧客が重視する機能のみに絞り込んだシンプルで使い勝手の良い商品が支持されている。とかく日本企業の商品開発は、多様な顧客ニーズに応えるために多機能型にする傾向がある。しかし多くの機能を実装しても顧客が使いこなすことができず、まして単価が高くなるのでは顧客心理として受け入れられない。加えて生活者の実質所得が伸び悩む中で使用しない機能に対価を要求することは不信感を招く。
成熟市場では、オーバースペックの商品が多く見受けられるが、これを見直すことは市場機会の発見につながる。商品を再定義し無駄な機能を引き算してシンプルにする。そして価格を下げる。これが適切に実現できると、新たな市場の創造も可能になる。
「引き算」の商品に支持が集まる
プラスティック整形の下請けからスタートとしたアイリスオーヤマは、クリヤ収納ケースなどユニ―クな商品を投入し続け成長してきた。’10年には、大手家電メーカーが支配しているLED市場に後発で新規参入。しかも価格が約6000円の市場に2000円の低価格でLEDを販売し、なんとトップシェアを獲得したのだ、
同社の強みは、生活者目線で、既存商品への不満や生活の課題などを徹底的に炙り出し、「なるほど」と顧客がうなずくコンセプトを決める。そして販売価格は、「原価積み上げ方式」ではなく、顧客が買いやすい価格を決めてから原価や製造を決める「売価逆算方式」を採用して商品設計を行う。例えば、大手家電メーカーのドラム式洗濯乾燥機の場合、顧客ニーズを足し算して高単価高機能型にして顧客満足を狙う。しかし同社は顧客インサイトを徹底して、乾燥機は1割程度しか使われていないことを掴む。すると顧客に刺さるコンセプトを開発し、大胆にも乾燥機能を引き算して低価格を実現する。これが「なるほど家電」の引き算による開発思想だ。
技術は、大手企業の優秀な技術者を採用し、商品化決定は、トップも参加する新商品開発会議の場でプレゼンを行い、可能性が見込めれば即決即断される。この方式で、
IH式電気圧力釜やエアコンなど多くのヒット商品を生み出している。過剰スペックの大手家電メーカーが衰退する中で、同社の家電事業は売上の6割に成長し、利益率も競合に比べて高くなっている。
ソニー「ウオークマン」(’79年)は、創業者の井深氏と盛田氏が、海外出張時に飛行機の中で好きな音楽を聴きたいと考えた。そしてどこでも音楽を聴ける新たなライフスタイルをコンセプトに設定し、テープレコーダーからスピーカーと録音機能を引き算してシンプルに小型軽量化を図ることを指示した。しかし当時の開発陣や営業は、「スピーカーや録音機能を削除するのは欠陥商品になる」と猛反発。しかし盛田氏は「売れなければ社長を辞める」と啖呵を切り、商品化を強引に推し進める。結果は、ご存じの通り、音楽を外で楽しめる新たなライルスタイルは世界中の若者の共感を獲得し、世界に於けるソニーブランドがさらに強化された。
盛田氏の影響を受けたアップル創業者のスティーブ・ジョブスは、この設計思想をさらに進化させた。iPhoneは、未来の情報ライフスタイルをコンセプトとし、既存の携帯電話、ブラックベリー、ナップスターを新結合し、ボタンなどの無駄な機能を引き算してシンプルに仕上げ、操作性を飛躍的に向上させ、世界中の人々から熱狂的に支持された。その後もiPhoneは進化し続け、最新版では、物理的ボタンまで引き算して仮想ボタンを導入し、誤作動を減らして使い勝手をさらに良くしている。
「引き算」は新顧客価値の創造
衰退した日本の総合家電メーカーをみると、調査から得られた顧客ニーズを足し算して、また競合優位を図るために高価格多機能型にしていた。一方、後発の韓国や中国の家電メーカーは、日本企業の路線に対して、シンプルで使い勝手が良く手頃な価格の商品を投入し世界市場でのシェアを拡大した。日本企業が敗退したのは、市場の変化や顧客ニーズに適切に対応できていなかったのだ。
商品開発で引き算をするということは、機能や要素を単純に削除するのではなく、コンセプトに合わない機能を切り捨てるということ。要は、目的外の要素を入れて多機能型にすると、コンセプトがぼやけて顧客の共感を獲得できないということなのだ。そして商品を構成する機能や要素を優先順位の低いものから引き算していくと、最後に残るのが中核価値であり、これを磨き上げて魅力的な新たな価値として打ち出す。引き算することは、「新たな価値を創造する」ことなのだ。作家のサン・テグジュペリは、「完璧がついに達成されるのは、何も加えるものがなくなった時ではなく、何も削るものがなくなった時である」と。これが顧客価値創りの本質であり、商品開発の根本だ。
但し、懸念もある。引き算をすると社内から、「既存ユーザーからのクレームが出る」、「競合に負ける」、「シンプルにすると安っぽくなる」などの反発が出る。しかし相手は、社内ではなく競合でもなく顧客だ。企業にとっては、顧客満足と体験価値向上がミッションだ。顧客本位でブレルことなく覚悟を持って取り組むべきだ。
「引き算」のマーケティング
「引き算」の発想は、マーケティング全般に関しても活用できる。ターゲティングでは、マス対応は効率が悪すぎるので、非ターゲットを引算して絞り込む。また販売チャネルは、可能な限り中間流通を中抜きし、EC比率を上げ顧客の購買行動を把握する。品揃えは、拡大するのではなく自社の得意な商品に限定する。用途は、「あれもこれも」ではなくシンプルに絞り込んだ方が、ブランドイメージは作りやすい。さらにマーケティング情報も闇雲に集める傾向があるが、分析に時間もコストがかかり正確性は増さないので仮説に基づいた重要情報に絞るべきだ。
成熟市場では、顧客の興味・関心を引こうとさまざまな機能や要素を足し上げて贅肉だらけの商品になっている事例が多い。しかし顧客の求めるものはシンプルで筋肉質の商品であり、値ごろ感のある商品だ。顧客が真に求める本質的な機能や要素のみにフォーカスする「引き算」のマーケティングを意識してみてはいかがだろうか。
2024/08/25
縄文コミュニケーション株式会社
モモズプラネット顧問 福田博
