人生100年時代 新たなマーケティングの視点


 日本人の平均寿命は、男性80.98歳、女性87.14歳と香港に次いで世界第2位の長寿国だ。しかも65歳以上の平均余命でみると男性84.41歳、女性89.38歳にもなる(‘16、厚労省)。今後、医療の進化や生活習慣の改善等により寿命がさらに伸びることが予想され、いよいよ人生100歳時代に入った。
 これまでのライフステージは、「教育」時代を経て、終身雇用の「仕事」に就き、60歳位で「引退」して老後の10~20年位は年金で暮らすというパターンが主だった。また家族モデルは、会社員の夫と専業主婦と子供2人の4人が標準世帯であった。企業や国はこれを基準に、市場戦略や社会保障を行なっていたのだ。
 しかし寿命が大幅に伸びる長寿社会では、この様な画一的な人生モデルや世帯モデルは終焉し、多様なモデルになる。企業は、その様な変化を先取りして、生活者に新しいモデルを提案することが求められている。

100年ライフで予想されること

 
 我々の人生設計やライフスタイルは、寿命によって規定される面が多い。そして人生100年時代になると、与えられた長い期間を「不快で残酷な長い人生」という苦悩にするか、「多様で幸福な人生」という恵みとするかは、個々人が問われる。同時に、企業の市場戦略も問われている。
 「健康」を考えて見よう。高齢になると認知症や骨粗鬆症などの老人性疾患が増える。認知症は、低度を入れると現在約860万人に達する。しかし老人性疾患は適切な予防により発症を大幅に遅らせることができる。それ以上に健康寿命を延ばすことで、就労も可能になり、社会保障費も抑制される。その様なニーズに対応する新たな健康サービスが待ち望まれている。
 「生活費」は重要な課題だ。これまでは引退後、10~20年で死亡していたので今までの蓄えで何とか生活できた。しかし定年が65歳まで延長されたにしても100歳まで35年間もある。この間を預貯金と年金で対応すると、貯金の取り崩し年間120万円×35年間で4200万円、そして年間年金額200~300万円×35年間で7千万円~1.05億円に達する。しかも人生も終わりに近づくと医療費や介護費も必要になる。これでは自分の預貯金だけでは対応できず、また社会保障関連の財政も破綻する。金融資産約1800兆円の8割を持つ50歳以上の層が、老後に備えて消費を控え節約に取り組んでいるのが実態だ。
 「仕事」では、既に変化がある。退職後、ボランティアや趣味の活動をする人はいるが、多くの人にとって仕事から離れることは、収入もなくなり健康寿命も損う。現実に、65~70歳層の約3割は働いている。今後は、70~80歳代まで働くことは当り前になり、高齢者の多様な労働市場は拡大する。
 「世帯」も変化している。‘20年の家族類型別世帯数は、「単身世帯」34%、「夫婦のみ」21%、「夫婦と子供」26%、「ひとり親と子供」10%と予測されている(国立社会保障・人口問題研究所)。今後は、未婚化や定年離婚に加え、老人独居世帯が増えて世帯がさらに小さくなり、単身世帯需要が主になるのだ。
 「共同体」では揺り戻しが起きいている。日本では、非正規雇用や格差が拡大する中で自己責任という考え方が浸透し、他人を慮る心、そして企業や地域などの日本的共同体を崩壊させてしまった。「自力で生活できない人を政府は助ける必要がない」と考える人は、中国9%、英国9%、独7%、米国28%に比べて、日本は38%と突出した結果になっている程である(The Pew Global Attiudes Project 2017)。しかし長寿社会では、幸福感の実現や生活合理性の観点からも多世代にわたる「自助・互助・公助の共同体」は必須だ。そのような状況を先取りして、生活者自らがシェアリングなどの共同体の仕組み直しや人間関係の舫い直しを始めている。

人生は単線から複線、そして複々線になる

   
 人生100年時代は、エイジとステージは同じ必要がない。自分や家族の幸せのために、マス時代のロールモデルなど参考にせず、生活者自身が人生を設計することができる。
 特に、収入と社会との関わりが持てる仕事は重要だ。現在は、技術進化のスピードが速く、市場も仕事内容も変化している。繰り返し単純労働はロボットに置き変わり、AIの導入により現在の仕事の半分はなくなるという予測もある。企業が求めるスキルや能力は大きく変わり、また自分自身の能力や体力も変わる中で、50~60年も同じ会社に勤務することは難しくなる。むしろ仕事内容は、もっと自由で選択肢があった方が良い。そこで重要になるのが「学び直し」だ。キャリアチェンジや新しい仕事に対応するための新たな知識や能力を習得するのだ。そのための費用や人的ネットワークを備えておくことは重要になる。
 ポジティブに考えれば、寿命が長くなると人生の各ステージで様々な選択肢が生まれ、仕事や生活の面で新たなチャレンジの可能性が出てくるのだ。同じ路線を歩むだけでなく、転職も楽しい人生になる。

「ジェロントロジー」の視点で市場を読み解く


 生活者は、高齢になるに従って、生き方、働き方、価値観、健康状態、生活スタイル、経済状況などの個人差がより一層拡大する。これからのマーケティングには、1人ひとりの人生のニーズに応え、全生活を適切にサポートすることが求められる。その様な超高齢化社会の課題に対応する研究としてジェロントロジー(老齢学)が注目されている。
 対象分野は、健康や医療だけでなく、法律、コミュニティ、家計、資産運用、住宅設計、さらに社会保障制度、街づくり、生活行動支援技術など幅広い。高齢者にとっては、部分最適ではなく統合的な全体最適のサービスが必要だ。そのためには個々人の生活状況やリスク要因などを的確に把握して対応することが重要になる。
 人生100年時代の人生設計は、高齢者だけの課題ではなく、次に続く、子供や若者達も含めた全世代のテーマでもある。生活者自身が、未来への洞察を行い、幸福な人生を楽しむための人生設計を行なうことが大切だ。そして企業にとっては、生活サービス産業の大きな転換期に遭遇しており、従来の常識とは違うライフデザインを通じて新商品の提案をするチャンスが到来しているのだ。
 次回は、人生100年時代になると「長すぎる老後」によって生まれる市場は、どの様なものになるのかを考えてみよう。

縄文コミュニケーション(株) 福田博
「企業と広告」((株)チャネル)のコラムより 2017/12/21

2017年12月21日