「本業消滅」の危機を乗り越える
好調だった主力商品が、市場環境の変化などにより短期間で売上が激減する事例が少なくない。理由は、生活者ニーズの大きな変化、テクノロジーの劇的進化、優れた代替品の登場、業界に係る法改正、国際的なビジネスルールの変更、パンデミックや地球温暖化の影響などだ。もちろん経営の失敗もある。
先行き不透明で変化の速いVUCAの時代、企業の持続的成長のためには、どの様な状況にも的確に対応し、新たな価値を創造し続けることが必須だ。その際に重要なのが、新たな価値を生み出す根幹となる生活者の好意度や技術、そして人材などのブランド資産だ。
「提供価値」を時代に合わせる
ヤマハ発動機は、主力商品のバイクの出荷台数が’82年をピークに減少に転じる。その理由は、事故の増大、ヘルメット着用義務、軽自動車の普及などがある。
しかし日本には坂道が多く、手軽に安全に近隣移動できる乗り物へのニーズは根強い。そこで同社はバイクを代替するヤマハらしい二輪車の開発を目指す。悪戦苦闘の末、免許やヘルメットなどの法的制約をクリアにし、こぐ力を増幅するドライブユニットを搭載した電動アシスト自転車「PASS」を開発した(’93年~)。そして新市場を素早く立ち上げるためブリジストンサイクルと提携。ヤマハからはドライブユニット、ブリジストンサイクルからは車体フレームの相互提供、そして販路の相互利用を行い人気商品につなげた。
今やこの電動アシスト自転車は、共働きが拡大している背景もあり、幼児を送り迎えする子育てママ・パパの必需品になっている。この商品が支持されたのは、バイクメーカーとして培われた技術力とブランドへの信頼が大きな力となっている。
富士フィルムは、2000年当時、コダックを超え世界一の写真フィルムメーカーになっていた。しかし経営は、「10年後は、デジタル化が拡大し写真フィルム市場は急速に縮小し消滅する」と予測する。同社は、この危機感をバネに、大胆な構造改革と新事業創出に着手する。
新事業として意外だったのが、基礎化粧品「アスタリフト」(’03年~)の市場投入だ。しかし技術的な視点で見ると、高純度のコラーゲン、印画紙等の酸化防止、ナノテクなどはフィルムの加工製造技術であり、高機能化粧品には必須の技術だ。この商品は、その効果が実感され順調に売上を伸ばしている。またインスタントカメラ「チェキ」(’98年~)は、その場で見られるアナログの世界観が若者たちに人気になっている。これは韓国ドラマで話題になったのを活用して、競合が苦戦する中でも巧みなプロモーションで世界的なヒット商品に仕立て上げている。これらの商品が広く受け入れられたのは、技術力はもちろんだが長年に渡って培われたブランドの認知と好意度が大きく貢献しているからだ。
サントリーは、’80年当時、絶好調だったウイスキーの出荷量が、わずか10年後の’90年には1/4に激減した。その理由は、酒税の増税、焼酎ブームや低アルへの嗜好変化がある。まさに本業消滅の危機だ。しかし同社には、「やってみなはれ」という企業文化がある。そこでNCAAや鉄骨飲料などの商品を市場投入するものの主力商品化することはできなかった。これらの失敗から学び、新たな手法としてヘビーユーザーの長距離運転手と行動を共にするエスノグラフィーなどを活用することで、缶コーヒ「BOSS」(’92年~)のメガヒットを掴み取る。その後、伊右衛門(’04年~)、オランジーナ(’12年~)などのヒットが続き、飲料・食品セグメントを主力事業化した。
その後、ウイスキーは、「最初の1杯目からワイガヤで飲むハイボール」とポジショニングを変更し、この飲用スタイルが、若者層に受け入れられ復活を果たした。現在では、原酒が足りなくなるほどだ。同社の危機を乗り越えた原動力は、卓越したマーケティング力と成功までやり抜く覚悟があるからだ。
「顧客の成功」を考える
企業が業績不振に陥るのは、生活者の変化に対応できていない場合が多い。生活者は、常に「不」を解消し、意味のある楽しく快適な生活を進化させたいと願っている。その時に重要な視点が、「商品の成功」ではなく「顧客の成功」を真摯に探求し続けることだ。
現在は、社内R&Dだけでは限界があるので、視野や発想を拡大して、独自のノウハウを持つ外部企業やファン顧客との共創を行うことが効果的だ。特に、ファン顧客は造るプロではないが、消費/使用するプロであり、社員より商品の本質的価値を理解していることが多い。
そして顧客に貢献する価値を生み出すためには、ヒト・モノ・カネなどの経営資源を市場環境の変化に対応して組み替えることだ。その中で最も重要なのはヒトであり、企業文化に裏打ちされた人財育成が必須になる。
またマーケティングの視点では、顧客とふれあう機会を増やし、顧客との距離を短くし、消費現場に密着することが大切だ。そして今まではサイエンス(分析力、組織能力)が重要だったが、これからはアート(創造性、感性)をより重視することで顧客の本質を掴むことが求められる。
ブランドパーパスを明確にする
現在は、企業の生活者に対する姿勢や社会への貢献が厳しく問われる時代になっている。特に、ミレニアル世代やZ世代は、企業の社会的役割や倫理性に対して敏感だ。
この様な時代の中で持続的成長するには、商品だけでなく社会的な共感をも獲得する必要がある。そのためには神から与えられた使命的な「ミッション」ではなく、より上位の概念で、人間的で包摂性のある「ブランドパーパス」を明確にする必要がある。これは企業の内から湧き出てくるブランドの存在意義や志であり、全従業員の未来への指針であり、顧客対応の拠りどころとなる思想だ。
大きな時代の転換期では、需給構造が変わるので市場の新陳代謝が起こることは必然だ。絶好調の主力事業といえども永遠はない。企業にとって大切なのは、ぶれない姿勢で顧客に提供する価値の約束を確実に守り、信頼感や期待感を蓄積し続けブランド力を高めることだ。万が一、本業が危機に瀕した時には、ファン顧客の想いや応援が再生のエネルギーになる。これは多くの企業が経験していることだ。
2021/11/25
縄文コミュニケーション株式会社
モモズプラネット顧問 福田 博