「社内アイディアコンテスト」の仕組み作り

 市場の縮小や既存事業の低迷、またコロナ禍やインフレなどの大きな市場変化に対応するためには、従来型のR&Dや新事業開発の手法だけでは限界がある。そこで社員の経験や知恵を活かす社内アイディアコンテストを行い、優秀案を商品化しようという取り組みが多くの企業で行われている。
 最初の頃は応募者も少なく、単なるコンテストで終わり尻すぼみになることが多かった。しかし最近では、試行錯誤を繰り返す中で、商品化や事業化を支援する仕組みを整備するなどして成功に結び付ける事例が増えている。

新商品&新事業創出の事例 
 ネスレ日本では、主力商品のインスタントコーヒーの市場が縮小する中で、全社員の意識改革を図るため、またマーケティング力の向上を養うために全社員が新商品アイディアを出す「イノベーションアワード」を始める(’11年~)。これは仕事の中で顧客の課題を探索して解決策を考え,具体的な価値を提案するという内容。大賞の事例として、工場勤務の社員が発案した需要低迷期対応の「焼きキットカット」がある。これは夏場はチョコレートの売上が落ちるが、ビスケットは上がる傾向がある。そこで表面をトースターで少し焼き、焦げたビスケットとチョコレートの新しい食感を生み出し、売上が2割増大したというもの。この企画の優れた点は、追加設備投資は必要なく包材と広告で対応できることだ。その他にも、著名パティシエが開発に参加した「キットカットショコラトリー」など数多く提案されている。このコンテストの初年度応募数は79件だったが、現在では社員一人2案で約5000件にもなり、成長に欠かせない仕組みになっている。
 ソニーは、創業時から世の中にない画期的な商品を市場に提供し続けて世界的なブランドになった。しかし90年代後半には、経営戦略の失敗から危機に直面し、R&Dコストをも削減するなど負のスパイラルに陥った。新たに就任した平井CEO(’12~’18年)は、「エレキかエンタメか」などの不毛な争いに対して、「ソニーは感動をお届けする」というパーパスを明確にして経営の大改革を推し進める。そしてソニーらしいイノベーションのDNAを復活させるため、新商品・新規事業アイディアを社内募集し事業化を支援するCEO直轄組織としてSAP(Seed Acceleration Program)を立ち上げた(’14年)。これは一人の天才に頼るのではなく、普通の社員のアイディアから「あらゆる領域の感動を創り出す」全社的な仕組みだ。このプロセスは、「アイディアを創出する、Ideation」、「事業化を準備する、Incubation」、「事業化を支援する、Marketing」、「事業としてスケールさせる、Expansion」の4つのフェーズで、商品化や事業育成の経験豊富な人材が支援する。これまでにスマートウオッチ「wena」やキューブ型のロボットトイ「toio」など多く商品アイディアを事業化に結び付けている。現在は、SSAP(Sony Startup Acceleration Program)(’18年~)に進化させ、汎用性を持つこの仕組みを外販するほどになっている。
 ベンチャー企業の場合、創業時の主力商品だけに頼っているとPLCの衰退とともに企業も縮小するので、新たな市場を創造し続けることは必須だ。
 サイバーエージェント(‘98年~)は、「新しい力とインターネットで日本の閉塞感を打破する」をパーパスに、M&Aに頼らぬ「自前成長」を経営戦略に掲げている。その代表的な取り組みが、藤田CEOも参加する「あした会議」だ。これは担当役員が、社内人財4人を選抜してチームを組成し新規事業案をトーナメント方式で競うもので、着実に成果を出している。創業時は、一般的な社内コンテストを行っていたものの結果がでず、この仕組みに切り替えたのだ。この他にも、社員・内定者向けには、藤田CEOに直接プレゼンできる事業プランコンテスト「Cycomチャンネル」('19年~)など様々な社内コンテストが設けられ、社員の挑戦心を醸成している。これらの取り組みの結果、ABEMAやMakuakeなど32社の新規事業を生み出し、累計売上3,259億円、営業利益455億円を創出し、成長に大きく貢献している(’21年度、全社売上高6,664億円、営業利益1,043億円)。

社員のアイディアを実現する仕組
 社内アイディアコンテストには、隠れた才能やアイディアの発見、お蔵入りシーズの見直し、組織の壁を取り払い交流を促す、そして何よりも社員の能力向上や当事者意識を促すなど多くのメリットがある。但し、これらを実効性のあるものにするには、様々な取り組みが必要になる。
 まず目的を理解してもらい全社で共有を図ること。それを促すには、社員のスキルアップと応募意欲の向上のため、商品化に係る基礎知識から始まり、事業計画の作成、事業育成ノウハウなどを研修等で伝え自分事化してもらうこと。さらに優勝者への賞金、商品化リーダーへの抜擢などのインセンティブを明確にすることも重要だ。
 次に、審査基準の透明化と決断のスピード化を図ること。特に、新領域のアイディアは、経営陣にとっても判断が難しく、その場合は社外の専門家の参加も検討する。またクラウドファンディングで、顧客の評価や市場の反応を見ることも社内合意を得る根拠になる。そして新しいアイディアは、社内常識や既存のサプライチェーンを壊し反発も予想されるので、経営のコミットは欠かせない。

全社員がマーケッターの企業文化
 現在は、顧客や市場の大きな変化で、新しい現実が生まれて市場機会が生まれているが、社内常識や過去の成功体験に拘っていると掴めない場合が多い。予測が難しい市場の中で、異次元の顧客価値を開発し新市場開拓を行うには、社員の多様な視点や人脈、そして発想の力を活用することが効果的だ。
 そのためには社員の能力アップは大前提だが、その以上に社員のクリエイティビティを生み出す働き甲斐のある、また心理的安全性のある職場環境作りが重要だ。そして全社員が、顧客に寄り添い、顧客起点のマーケッターになるマインドセットを組織全体で行い、挑戦する企業文化を創ることだ。
 そして社内コンテストで成功を生み出す仕組みができると、今度は外部のアイディアを活用して価値を創発するオープンイノベーションも現実的になる。すでにP&Gなど多くの企業が、実行し成果を出している。これからの成長には、外部との連携強化を体質化することも必須だ。

2022/12/25

縄文コミュニケーション株式会社
モモズプラネット顧問 福田博

2023年10月16日